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今から40年以上も前の事。
昭和54年の夏・・・と記憶している。
その時私は、川崎駅の長い通路を走っていた。

次の電車に乗らなければ、
横浜駅で待っている友人との
待ち合わせに間に合わなかったから。
急いでホームへの階段を降り、発車のベルが鳴る中、
あと少しでドア!という所で、
私は思い切り前へつんのめり転んだ。
それはまるでヘッドスライディングのようだったと思う
履いていたサンダルの片方が
1メートル以上遠くに飛んでいた。
痛さより、とにかく恥ずかしくて、
急いでそのサンダルを拾い、
「乗ってしまえ〜」とばかりに
閉まりかかったドアから、
片方裸足で車内へ飛び込んだ!
車内で、サンダルを履こうとして
甲の部分のベルトが切れていることに気づく。

これでは履くことすらできない。
どうしようかと困り果てていると、
見知らぬ40代くらいの婦人が声を掛けてくれた。
「ハンカチ持ってる?」
私がハンカチを出すと、
それでは間に合わないと思ったのか、
自分のバッグの中から
大きめのガーゼのハンカチを出し、
私のサンダルと足をグルリとまわして、
体裁よく甲には蝶々結びをしてくれた
「私にも娘がいるのよ。
こういう時、娘ならどうするのかしら・・
さぞ困るだろうなと思ってね」
とにっこりして、
次の駅で「気を付けてね」と言い残し降りて行った
家に帰ってから母にそのことを話すと、
「どうして名前も電話番号も聞かなかったの?」
と叱られた。
母は同じ母親として
「ありがとうございました」の一言を
どうしてもその人に言いたかったのだと思う。
今では名前や電話番号を聞くなど失礼だろうけど
当時はそういう時代だった・・・。
還暦を過ぎた今になっても、
その時のことを忘れることが出来ない。
「娘だったらさぞ困るだろう」と
声を掛けてくれた婦人、
「娘のためにありがとうございました」と
どうしても感謝の言葉を伝えたかった母。
母親の愛情の深さを思い、
胸がいっぱいになる
二人の母親に「ありがとう」と伝えたい

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