廊下を歩いて・・・
昭和49年2月
群馬の叔父さん(母の弟)が「危篤」と連絡がきた
まだ40代になったばかりだったが
お酒が大好き過ぎて「肝硬変」と診断され、
少し前まで入院していた
「かなり厳しい」容体だったので
これは「皆で行こう」ということになったが、
私は高校受験と重なっていたので、
仕方なく、祖母と二人で留守番となった・・・
祖母の部屋は玄関入ってすぐ。
私は一番奥の8畳間に、いつもは両親と寝ていたが
その日は一人のため、
ど真ん中に布団を敷いて就寝した

(実際の当時の間取り図)
深夜・・・誰かが廊下を歩いてくるような音で目が覚めた
と言っても、目をパチッと開けたとか、
起き上がった訳ではなく、
ぼんやりした頭で「あぁ。。こっちへ来るなぁ」という感じ。
だんだん意識が「現実」に近くなってきたとき
「あぁ。。おばあちゃんかぁ・・・」と思った。
寝返りをうつ・・・そう、その時は体がちゃんと動いていた
「やけに・・・長いなぁ」
音がやけに長く感じた
祖母の部屋から8畳間への来方は2通りある。
通常は台所⇒廊下⇒隣の洋間から。
もう一つは、一旦玄関に出て、長い廊下を通ってくる方法。
昔の家は玄関の上がり框が高く、
高齢の祖母が夜中にそんな危ない方法で、
玄関⇒再び廊下へ出ることはまずない。
しかし、「音」はその長い廊下の方から聞こえていた
「え?おばあちゃんじゃないの?」と!
おかしいな・・・と思った時には・・・
その音は、私の布団のすぐ脇で聞こえた
私の布団の脇に誰かが立っている(らしかった)
途端に体が動かなくなった。
すっぽりと布団をかぶったままの私
その誰かはそのまま布団の周りを回りだした。
畳のミシミシ・・・という音が聞こえる
ドアの近くまで行った時「そのまま出て行って」と
祈ったが、音はまたこちらへゆっくり戻ってくる
何度も何度も、何周も回る
恐くて声も出せず、体も動かないので
ただひたすらじっと耐えた
こんなに怖いのに
何故か「眠気」が襲ってきて
いつの間にか私は眠ってしまった
朝目が覚めて
私はすぐ祖母に「夕べ、私のところへ来た?」と
聞いてみたが、「行かないよ」との返事。
夕べのことを話すと、「夢でもみたんだわ〜」と笑われた
その日母から電話がきた
「夕べ、おじさんが亡くなったのよ・・・
お葬式とかあるからしばらく帰れない」
という話だった
夕べの出来事を話すと
「あぁ。。おじさんが来たのかもね」
と、サラリと言われた。
「亡くなる前に〇〇子は来ないのか、
とあんたの事何度も言ってたから・・」
そういえば、随分可愛がってもらった
夏休みになると何日も泊まって
従妹たちと遊んだ
自転車に乗れるようになったのも
ここの広い庭で練習させてもらったからだ
ドライブにも連れて行ってもらった

そうか、おじさんだったのか。
恐がったりしてごめんなさい。
私がずっと布団をかぶって動かなかったから
黙って行っちゃったのかな
その日の夜
祖母が「一緒に寝るかい?」と聞いてくれたが
「大丈夫、一人で」
その後おじさん(?)は現れることはなかった
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